記事公開日
【経営者必読・歴史に学ぶ組織論③】「犯人探し」で組織は変わらない。失敗を力に変える「構造的視点」とは?

はじめに:失敗の本当の原因は「人」か「仕組み」か
組織で問題が起きた時、私たちはつい「誰のせいだ?」と個人を責めてしまいがちです。しかし、本当に責められるべきは、その個人を生み出した「仕組み」や「ルール」、つまり「組織構造」そのものではないでしょうか。
これまで2回にわたり、明治憲法という設計図が、いかにして国家の暴走を招いたかを見てきました。最終回となる今回は、この壮大な失敗から、現代の経営者が学ぶべき最も重要な教訓――「構造的視点」で問題を捉え、未来の力に変える方法――を考えます。歴史は、最高のビジネスケーススタディです。その最後のピースを、共に見ていきましょう。
明治憲法が残した3つの永続的な教訓
教訓1:シビリアンコントロール(文民統制)は民主主義の生命線
明治憲法体制の最大の失敗は、軍隊に対する民主的なコントロールの仕組みがなかったことです。「二重政府」構造がもたらした悲劇は、専門家集団(軍隊)が、国民に選ばれた政府の統制を受けずに暴走することの恐ろしさを、これ以上ないほど明確に示しています。この歴史があるからこそ、戦後の日本国憲法では、内閣が自衛隊をコントロールする「シビリアンコントロール」が、絶対に譲れない原則として定められているのです。
教訓2:ルールの「曖昧さ」は組織を破壊する
「統帥権干犯」問題は、権限の範囲が曖昧なルールが、いかに組織を混乱させるかを教えてくれます。「統帥」という名の「聖域」を作り、そこは専門家以外口出しできない、という例外を認めたことが、致命的な弱点となりました。これは、どんな組織にも言えることです。ルールは明確でなければならず、「例外」や「聖域」を安易に認めると、そこから組織の規律が崩壊していく危険性があるのです。
教訓3:「個人の権利」こそが、健全な組織の土台
明治憲法が国民を「臣民」と位置づけ、国家への義務を最優先させたのに対し、日本国憲法は、国家が国民一人ひとりの「基本的人権」に奉仕するために存在すると定めています。国家への忠誠を求めるシステムは、短期的には組織を強くするかもしれませんが、長期的には異論を許さない、硬直した組織を生み出します。多様な意見を尊重し、個人の自由な発想を保障することこそが、変化に対応できるしなやかで強い組織を作るのです。組織への帰属意識もまた両刃の剣となりうるのです。
歴史の教訓を現代の経営へ:「構造」が組織の運命を決める
さて、ここまでの話は、単なる過去の歴史物語でしょうか?いいえ、これは現代の企業経営や組織運営にそのまま当てはまる、普遍的なケーススタディです。
「二重政府」は、あなたの会社にもありませんか?
明治憲法下の「政府と軍部」の関係は、現代企業における「部門間のサイロ化」と驚くほど似ています。例えば、営業部門と開発部門が、それぞれ自部門の目標だけを追い求め、全社的な利益を無視して対立する。営業は「もっと売りやすい製品を」と主張し、開発は「技術的に最高のものを」と譲らない。互いに社長に直接レポートし、部門間の連携を調整する仕組みがなければ、組織は内部対立で疲弊してしまいます。
「統帥権の独立」は、専門家集団の暴走を招く
特定の専門部署、例えばIT部門や法務部門が、「我々の判断は専門的で、経営陣には理解できない」として、経営のコントロールから独立した「聖域」になっていないでしょうか。専門家の知見は尊重すべきですが、彼らが全社的な戦略から乖離して暴走するリスクは、常に監視されなければなりません。
「統帥権干犯問題」は、責任のなすりつけ合いを生む
社内ルールの曖昧さは、部門間の権限争いや責任のなすりつけ合いの温床となります。「これはウチの仕事じゃない」「その決定は聞いていない」といった対立は、まさに「国務」と「統帥」の境界線をめぐる争いと同じ構図です。
結局のところ、組織のパフォーマンスを決めるのは、個々の社員の優秀さやモチベーションだけではありません。社員の力を最大限に引き出し、同じ方向に向かわせる「構造(ルール、権限、情報共有の仕組み)」こそが、組織の運命を決定づけるのです。問題が起きたとき、「誰が悪いのか」という犯人探しに終始するのではなく、「なぜこの問題が起きたのか」という構造的な原因を探ること。これこそが、明治憲法の失敗から私たちが学ぶべき、最も重要な視点ではないでしょうか。
結論:未来のための「憲法的記憶」
この連載を通じて、明治憲法の構造的な問題を分析してきました。これは、過去を断罪するための「自虐史観」などでは決してありません。
むしろ、これは未来をより良くするための「憲法的記憶」と呼ぶべき、知的な営みです。権力がどのように分断され、ルールがどう悪用され、組織がいかにして道を誤ったのか。その具体的なメカニズムを学ぶことで、私たちは現代社会や自分たちの組織が持つ脆弱性にもっと敏感になることができます。
歴史という鏡に現代を映し出し、過去の失敗から未来の成功のヒントを見つけ出す。この連載が、その一助となれば幸いです。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
https://hr.my-sol.net/contact/