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【経営者必読・歴史に学ぶ組織論④】 「改善」か「革命」か?戦後日本、運命の分岐点 〜明治憲法・幻の改正案・現行憲法、3つの設計図を比較する〜

はじめに:その組織改革は「リフォーム」ですか?「リノベーション」ですか?
これまでの連載で、明治憲法という国家の「設計図」が、その構造的欠陥によっていかに組織(国家)を危機に陥れたかを見てきました。今回は、その欠陥だらけの家を、戦後の日本人が「どう直そうとしたのか」、そして結果的に「どう建て替えられたのか」を探ります。
ここで光を当てるのが、歴史の表舞台から消えた幻の設計図、「松本草案」です。この草案と、明治憲法、そして現行の日本国憲法を比較することで、組織変革における重大な問いが浮かび上がります。それは、「既存の枠組みの修正(リフォーム)」で十分なのか、それとも「根本思想からの再構築(リノベーション)」が必要なのか、という問いです。これは、あらゆる組織のリーダーが直面する経営課題そのものです。
「改善」を目指した幻の設計図:松本草案の構造
敗戦後、日本政府はポツダム宣言に基づき、憲法の民主的改正に取り組みました。その中心となったのが、松本烝治国務大臣が率いた憲法問題調査委員会です。彼らが目指したのは、あくまで明治憲法の「改正」、つまりリフォームでした。
松本草案の基本思想は、明治憲法の骨格を維持することにありました。その最大の特徴は、「天皇が統治権を総攬(そうらん)する」という大原則を変更しない、と明言した点です。これは、主権の所在という家の「基礎」には手をつけない、という強い意志の表れでした。
一方で、明治憲法の致命的な欠陥、つまり「二重政府」問題に対しては、明確な「修正パッチ」を当てようとしました。
- 統帥権の独立を廃止し、軍の統帥も内閣の助言のもとに行うと規定。
- 天皇の大権を制限し、議会の権限を拡大する。
- 国務大臣が議会に対して責任を負うことを明確化する。
これらは、軍部の暴走を二度と許さないための、的確な改善策でした。しかし、GHQ(連合国軍総司令部)は、この「リフォーム案」を「到底受け入れられない」と一蹴します。なぜなら、家の基礎である「天皇主権」という構造が変わらない限り、また同じ問題が起きると考えたからです。
「革命」を迫ったGHQと日本国憲法の誕生
松本草案を保守的すぎると判断したGHQは、自ら起草した草案(マッカーサー草案)を日本政府に提示します。それは、もはや「改正」ではなく、全く新しい設計思想に基づく「革命」、つまり家の建て替え(リノベーション)を迫るものでした。
その構造転換は、根本的なものでした。
- 国民主権: 「天皇主権」から「国民主権」へ。家の所有者が、大家(天皇)から住民(国民)へと変わりました。天皇は統治者ではなく、「国民統合の象徴」と位置づけられました。
- 戦争放棄: 「二重政府」問題の根源であった軍隊そのものを憲法上持たない、というラディカルな解決策を提示しました。
- 基本的人権の尊重: 「臣民の権利」から「侵すことのできない永久の権利」へ。人権は、国家から与えられるものではなく、生まれながらに持つ普遍的なものへと変わりました。
もちろん、この「建て替え」は、一方的な押し付けだけで進んだわけではありません。GHQ草案を元にしながらも、日本側の議論の中で重要な修正が加えられました。有名なのが、第9条2項の冒頭に「前項の目的を達するため」という文言を加えた「芦田修正」や、GHQ案の一院制に対して日本側が主張し認められた「二院制」の維持などです。
3つの憲法、その構造的違いが一目でわかる比較表
これら3つの「設計図」が、組織の根幹をどう規定していたのか。その違いは、以下の表で明らかです。
項目 | 大日本帝国憲法(明治憲法) | 憲法改正要綱(松本草案) | 日本国憲法(現行憲法) |
---|---|---|---|
主権 | 天皇主権 | 天皇主権(維持) | 国民主権 |
天皇の地位 | 統治権の総攬者(元首) | 統治権の総攬者(権限は制限) | 国民統合の象徴 |
軍隊と統帥権 | 統帥権は独立し、天皇に直属 | 軍は存置、統帥権の独立は廃止 | 戦力不保持、交戦権の否認 |
議会と内閣 | 天皇の大権が強く、議会の権限は限定的 | 議会の権限を強化し、内閣は議会に責任を負う | 国会は国権の最高機関、議院内閣制 |
基本的人権 | 臣民の権利(法律の範囲内で保障) | 人民の権利・自由の保護を強化 | 侵すことのできない永久の権利 |
結論:あなたの組織は「改善」で済むのか、「革命」が必要か?
松本草案の試みは、私たちに重要な教訓を与えてくれます。それは、問題の根本原因にメスを入れず、表面的な「改善」を繰り返しても、組織は真に変われないということです。松本らは、明治憲法の問題点を的確に認識しながらも、「天皇主権」という根本思想の枠から出ることができませんでした。
一方で、日本国憲法は、外部からの強い圧力という特殊な状況下ではありましたが、主権の所在という根本構造から作り変える「革命」によって、全く新しい組織(国家)の形を生み出しました。
経営者の皆様に問います。あなたの組織が抱える問題に直面した時、目先の業務改善やルール変更といった「リフォーム」で済ませてはいないでしょうか?時には痛みを伴っても、組織の「憲法」ともいえる企業理念や権力構造、事業の前提そのものにまで踏み込む「リノベーション」が必要な時があるのではないでしょうか。
歴史という壮大なケーススタディは、組織変革の本質が、小手先の修正ではなく、根本的な構造転換にあることを教えてくれています。
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