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【経営者必読・歴史に学ぶ組織論⑤】 なぜ「非公式の重鎮」は組織を救い、時に壊すのか? 〜明治憲法の「元老」に学ぶ、相談役・顧問制度の功罪〜

はじめに:あなたの会社の「ご意見番」、聖域化していませんか?
あなたの会社に、公式な役職はないものの、その一言が経営の方向性を左右するような「ご意見番」は存在しませんか?多くの企業が抱える「相談役・顧問」という存在。彼らは豊富な経験で会社を支える賢人なのか、それとも現役経営陣の改革を阻む「院政」の主なのか。
この連載では、歴史を壮大なケーススタディとして、現代の組織運営のヒントを探ってきました。第5回となる今回は、明治憲法という「設計図」には描かれていなかったにもかかわらず、国家の最高意思決定を左右した非公式の存在、「元老」に焦点を当てます。
彼らがなぜ生まれ、どのように機能し、そしてなぜ限界を迎えたのか。その軌跡は、現代企業が「創業者の知見」とどう向き合うべきか、という普遍的な問いへの答えを教えてくれます。
元老とは何だったのか? - 憲法にない最高実力者
驚くべきことに、「元老」という役職は、明治憲法にも法律にも一切規定がありませんでした。彼らは、伊藤博文、山県有朋、西園寺公望といった明治維新を成し遂げた「元勲」たちで構成された、完全に非公式なアドバイザリーボードだったのです。
しかし、その影響力は絶大でした。彼らの最も重要な役割は、内閣が総辞職した際に、天皇の諮問に答えて後継の総理大臣を推薦(奏薦)することでした。天皇が元老の推薦を拒否した例はなく、事実上、彼らが次のリーダーを決めていたのです。さらに、戦争や外交といった国家の最重要事項にも深く関与し、事実上の国家運営の最高指導者として君臨しました。
元老の「価値」 - 暴走を防ぐバランサーとしての役割
なぜ、憲法にもない非公式な存在が必要とされたのでしょうか?それは、これまでの連載で見てきた通り、明治憲法が「二重政府」問題などの構造的欠陥を抱えた不完全な設計図だったからです。
元老たちは、この欠陥を補う「安全装置」としての役割を期待されていました。対立しがちな藩閥官僚、政党、そして軍部といった各勢力の間に入り、利害を調整する「バランサー」として機能したのです。特に政党政治が未成熟だった時代において、彼らの調整機能は、国家の急な分裂や暴走を防ぎ、政権の安定的な移行に貢献したという側面は否定できません。
これは、急成長するベンチャー企業において、創業者が公式ラインとは別に、各部門の調整役として機能する姿に似ています。未成熟な組織においては、ルールやプロセスだけでは解決できない問題を調整する「非公式な権威」が、時に重要な役割を果たすのです。
元老の「限界」 - 時代の変化が生んだ「黒幕」と権力の形骸化
しかし、その非公式性ゆえに、元老は常に「政治の黒幕」という批判にさらされました。そして、時代が変化するにつれ、その存在は「安全装置」から「老害」へと変質していきます。
政党政治が成熟し、国民の政治意識が高まると、一部の元勲たちが密室で次の総理を決めるやり方への反発が強まります。そして何より決定的だったのは、軍部の台頭を止められなかったことです。かつては調整役だった元老たちも、国家全体を飲み込もうとする軍部の巨大な力の前では無力でした。
最後の元老となった西園寺公望は、軍部の暴走を抑えようと最後まで苦悩しましたが、彼の死(1940年)とともに元老制度は完全に消滅。国家の暴走を止める最後のバランサーがいなくなったことが、太平洋戦争への道を開いた一因だという指摘すらあるのです。
現代マネジメントへの教訓 - あなたの会社の「元老」は機能しているか?
この元老の歴史は、現代企業の「相談役・顧問」制度の功罪を考える上で、非常に示唆に富んでいます。
- 功(メリット): 創業社長や会長経験者が相談役として残ることで、その豊富な経験や人脈を経営に活かすことができます。経営者が孤独な決断を迫られた際の良き相談相手となり、部門間の対立を調整する役割も期待できます。
- 罪(デメリット): しかし、その役割や権限が曖昧なままだと、「院政」を敷き、現役経営陣の迅速な意思決定や新しい改革を阻害する要因になりかねません。過去の成功体験に固執し、変化への抵抗勢力となるリスクもあります。不透明な報酬や待遇が、コーポレート・ガバナンス上の問題として投資家から厳しく批判されるケースも増えています。
元老が時代の変化に対応できず、その価値を失っていったように、企業の相談役・顧問も、その存在意義を常に問い直さなければ、組織にとって「お荷物」になりかねないのです。
結論:非公式な権威とどう向き合うか
明治憲法下の元老制度は、非公式な権威が、組織の安定に貢献する一方で、硬直化を招き、最終的には時代の変化に取り残されるという、組織力学の典型的なパターンを示しています。
経営者の皆様への教訓は明確です。もし、あなたの会社に相談役や顧問という「元老」を置くのであれば、その役割、権限、任期、そして報酬を明確に定義し、透明化することが不可欠です。彼らの知見は、あくまで現役経営陣が活用するための「リソース」であり、意思決定を縛る「聖域」であってはなりません。
歴史という鏡は、偉大な創業者や功労者への敬意と、健全なガバナンスの維持をいかに両立させるか、という経営の永遠の課題を私たちに突きつけているのです。
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