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動力マネジメント

動力マネジメントとは?
序論:なぜ今、「動力」なのか
現代の日本企業は、従業員のエンゲージメント低下という深刻な課題に直面しています。米ギャラップ社の調査では、「熱意をもって働いている」従業員の割合はわずか5%と、国際的に見ても極めて低い水準です[1]。かつて世界をリードした半導体産業の衰退にも見られるように、国際競争力の低下は否めません[1]。
この閉塞感を打破する鍵として、中西文太氏が提唱するのが「動力マネジメント」です。その核心は、「能力」と「動力」という2つの概念を区別することにあります[1]。
- 能力 (Ability): 知識、スキルなど個人の「機能・スペック」。
- 動力 (Motive Power): 人を突き動かす内的な「エネルギー」。
日本人はOECDの調査で世界トップクラスの「能力」を持つことが証明されていますが、それが成果に結びついていません[1]。その原因は、能力を発揮するための「動力」が不足しているからだ、というのが動力マネジメントの基本認識です[1]。本稿では、この動力マネジメントの理論を解説し、他のマネジメント手法との比較を通じてその本質に迫ります。
第一部:動力マネジメントの理論体系
第1章:思想的基盤 — すべては「自分起点」から始まる
動力マネジメントの最大の特徴は、組織や会社ではなく、個人の人生を全ての出発点に据える「自分起点」という思想です。
多くの企業では、会社が個人の人生よりも「上位概念」となり、従業員の自律性を奪い「やらされ感」を生んでいます[1]。動力マネジメントはこれを反転させ、「自分はどうありたいのか」という個人の人生ビジョンを最上位に置き、会社を「自分の人生を豊かにするために利用するもの」と再定義します[1]。
この思想は、心理学の「自己決定理論(Self-Determination Theory: SDT)」と深く関連しています。SDTは、人間が内発的に動機づけられるためには、「自律性」「有能感」「関係性」という3つの心理的欲求が満たされる必要があると説きます[2, 3, 4]。動力マネジメントは、まさにこの3つの欲求を体系的に満たし、従業員が仕事を「自分事」として捉え、内なる動力を解放するための実践的なシステムなのです。
第2章:動力を引き出す実践サイクル — 5つのステップ
動力マネジメントは、思想を具体的な行動変容に結びつけるため、明確な5つのステップからなる実践サイクルを提示します[1]。
- 言葉の定義を揃える: まず、「目的(方向性)」と「目標(道標)」、「問題(ギャップ)」と「課題(解決行動)」といった基本用語の定義を組織内で統一し、生産的な対話の基盤を築きます。
- 10年後の自分を言語化する: マネージャーは部下に、会社のことは考えず「10年後、どんな人生を歩んでいたいか」を問います。これにより、部下は本来の夢や希望を思い出し、内的動機づけの源泉にアクセスします。
- 3年後の会社の姿を自分起点で語る: 次に、人生ビジョンを実現するために「3年後に会社がどんな状態だったら、〝あなたにとって〟理想的か」を考えさせます。会社の成功が、自分自身の人生の目標達成に不可欠な要素となります。
- 目の前の問題、実行すべき課題が浮かび上がる: 明確な目標が設定されると、現状とのギャップである「問題」と、それを解決するための「課題」が、指示ではなく部下自身の思考から導き出されます。
- アクション実行の期限設定は命令ではなく提案で行う: 課題の実行期限は、上司が命令するのではなく、部下自身に決めさせます。これは「自己決定感」を最大化するための重要な原則です。
- 仕事の成果と人生の成果をつなぐ: 成果に対して、金銭的なインセンティブや上司からの「ありがとう」という感謝の言葉で報います。仕事の成果が自分の人生の豊かさに繋がると実感することで、動力は持続的に湧き上がります。
第3章:組織文化を変革する6つのトレーニング
このサイクルを組織に根付かせるには、心理的に安全なコミュニケーション文化が不可欠です。6つのトレーニングは、その土壌を構築するための具体的な行動様式を組織にインストールします[1]。これは、ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授が提唱する「心理的安全性」(安心してリスクを取り、本音で対話できる風土)の醸成に直結します[5, 6]。
- 感謝力トレーニング: 「ありがとう」を戦略的なコミュニケーションスキルと位置づけ、相手への尊重と承認を伝えます。
- 傾聴力トレーニング: 相手が本当に言いたいことを引き出す「アクティブ・リスニング」の技術を習得します。
- 質問力トレーニング: 答えを教えるのではなく、質の高い質問によって部下に自ら考えさせます。
- 個人面談トレーニング: 上記スキルを統合し、動力マネジメントサイクルを実践するロールプレイを行います。
- 会議トレーニング: 会議の冒頭でポジティブな話題を共有し、参加者が失敗を恐れずにアイデアを出せる雰囲気を作ります。
- 発言トレーニング: 「~です」と断定する「言い切り」と、結論から話す「結論先」を徹底し、明確で責任あるコミュニケーションを習慣化します。
第二部:国内外の類似アプローチとの比較
第4章:国内の主要な人材開発アプローチとの比較
日本の多くの経営論が組織への忠誠を重視してきたのに対し、動力マネジメントの「自分起点」は、組織の論理より個人の幸福を優先するラディカルな思想的転換です[7, 8]。
国内大手研修会社のプログラムは、組織の業績向上を主目的とする「会社軸」で設計されています[9, 10, 11, 12]。対照的に、動力マネジメントは個人の人生の成功を主目的とする「自分軸」を貫き、その結果として会社の成長がもたらされるという因果関係の逆転が起きています[1]。
Table 1: 動力マネジメントと国内主要研修サービスの比較
| アプローチ | 思想的基盤 | 主な目的 | マネージャーの役割 | 主要メソッド |
|---|---|---|---|---|
| 動力マネジメント | 自分軸(個人の人生が上位概念) | 個人の幸福と自己実現を通じた組織の成長 | カウンセラー、ファシリテーター | キャリアカウンセリングに基づく対話サイクル、心理的安全性を高める6つのトレーニング |
| リクルートマネジメントソリューションズ (RMS) | 会社軸(組織目標達成が上位概念) | 組織業績向上のための管理職のマネジメントスキル向上 | 管理者、評価者 | マネジメントサイクル、360度サーベイ、目標設定・評価者研修 |
| 日本能率協会マネジメントセンター (JMAM) | 会社軸(組織目標達成が上位概念) | 組織成果に貢献する自律的リーダーの育成 | リーダー、指導者 | 権限によらないリーダーシップ、経験学習、チームワーキング |
第5章:海外の主要なマネジメント理論との比較
海外の主要な理論と比較すると、動力マネジメントの独自性はさらに際立ちます。
- Gallup社の従業員エンゲージメント (Q12): Gallup社のアプローチは、組織が従業員に「何を提供すべきか」を問う診断的なものです[13, 14]。一方、動力マネジメントは、従業員自身が「何を成し遂げたいか」を問う開発的アプローチです。
- サーバント・リーダーシップ: リーダーがフォロワーに「奉仕する」ことを第一義とする理論です[15, 16]。動力マネジメントはさらに進んで、マネージャーの役割を、部下が自己実現の旅路を進むための触媒(カタリスト)と位置づけます。
- GROWコーチングモデル: 世界的に普及しているコーチングフレームワークですが、その構造は動力マネジメントの個人面談と酷似しています[1, 17, 18]。決定的な違いは、最初の目標を「人生の理想像」という、より根源的なレベルに置く点です。
- フランクリン・コヴィー社の原則中心リーダーシップ: 『7つの習慣』に代表されるように、普遍的な「原則」に基づいて個人の効果性を高めることを目指します[19, 20]。動力マネジメントは、まず自分自身の独自の目的を定義し、その達成のために既存のシステムを「使う」という、より主体的なスタンスを促します。
Table 2: 動力マネジメントと海外主要マネジメント理論・サービスの比較
| アプローチ | 人間観(従業員観) | マネージャーの役割 | 主な目的 | 成功の指標 |
|---|---|---|---|---|
| 動力マネジメント | 自己実現を目指す主体 | カウンセラー、触媒 | 個人の幸福の実現 | 個人の幸福度と自己成長の実感 |
| Gallup Q12 | 組織の成果に貢献する資源 | 環境提供者、コーチ | 従業員エンゲージメントの向上 | エンゲージメントスコア、生産性、離職率 |
| サーバント・リーダーシップ | 成長する可能性を秘めた存在 | 奉仕者、支援者 | フォロワーの成長と幸福 | フォロワーがより自律的になること |
| GROWモデル | 目標達成能力を持つ主体 | コーチ、質問者 | 設定された目標の達成 | 目標達成率、パフォーマンス向上 |
| フランクリン・コヴィー | 原則に基づいて効果性を発揮する主体 | 指導者、模範 | 個人の効果性の向上 | 原則に沿った行動と成果 |
結論:動力マネジメントの独自性と実践価値
動力マネジメントの独自性は、革命的な「自分起点」の哲学、体系的なコーチングサイクル、そして心理的安全性を醸成する行動トレーニングという3つの要素の統合にあります。これにより、従業員の働く意味そのものを再構築し、エンゲージメント低下やイノベーション停滞といった課題に根源的な解決策を提示します。
このアプローチの導入は、組織のOSを入れ替えるに等しい文化変革を要求します。経営層の強固なコミットメントと、管理・監督者から部下の人生に寄り添うカウンセラーへとマネージャーの役割を再定義することが不可欠です[1]。
価値観が多様化する現代において、個人の幸福と自己実現を最優先する経営思想は、優秀な人材を惹きつけ、その能力を最大限に引き出すための強力な競争優位性となり得ます。動力マネジメントは、日本の組織が未来に向けて繁栄するための、示唆に富んだ可能性を示しています。
参考文献
- 中西文太 (2024). 『動力マネジメントとは? 仕事も人生もうまくいく『シン価値』構造』. 玄文社.
- Deci, E. L., & Ryan, R. M. (2000). The "what" and "why" of goal pursuits: Human needs and the self-determination of behavior. Psychological Inquiry, 11(4), 227–268.
- Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2017). Self-determination theory: Basic psychological needs in motivation, development, and wellness. Guilford Press.
- Manganelli, L., et al. (2018). Self-Determination Theory and its Contribution to the Study of Workplace Motivation.
- Edmondson, A. C. (2021). 『恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』. 英治出版.
- Edmondson, A. C. (n.d.). Psychological Safety. Amy C. Edmondson.
- 中原淳 (2023). 『人材開発・組織開発コンサルティング 人と組織の「課題解決」入門』. ダイヤモンド社.
- 真田茂人. 『魅力的な組織を創るリーダーのための「自律」と「モチベーション」の教科書』. CEO BOOKS.
- 株式会社リクルートマネジメントソリューションズ. (n.d.). 管理職・マネジメント研修.
- 株式会社リクルートマネジメントソリューションズ. (n.d.). 管理職研修<マネジメント実践>.
- 株式会社日本能率協会マネジメントセンター. (n.d.). リーダーシップ研修.
- 株式会社日本能率協会マネジメントセンター. (n.d.). インフォーマル・リーダーシップ研修.
- Gallup, Inc. (n.d.). The Q12®: The World's Leading Employee Engagement Survey.
- Gallup, Inc. (n.d.). How to Improve Employee Engagement in the Workplace.
- Greenleaf, R. K. (1970). The Servant as Leader.
- Spears, L. C. (2005). The Understanding and Practice of Servant-Leadership.
- Whitmore, J. (n.d.). The GROW Model of Coaching and Mentoring. Mind Tools.
- Businessballs. (n.d.). GROW Four-Step Model.
- FranklinCovey. (n.d.). Leadership Development Courses. FranklinCovey Academy.
- Covey, S. R. (1989). The 7 Habits of Highly Effective People.


