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新規事業を生み出す人材育成の秘訣とは

概要
外部環境の急激な変化により、多くの企業が新規事業創出やイノベーションに苦悩しています。立教大学の田中聡准教授は、「事業を創るには『創る人』『支える人』『育てる組織』の三位一体改革が必要」と提唱し、単なる戦略立案や財務計画だけではなく、それを実行する「人」と「組織」の視点が重要だと指摘しています。
従来、新規事業といえば戦略や資金面が主なテーマでしたが、近年は「人と組織」に関する課題が表面化しています。経営層の短期志向、管理職の多忙さ、若手の帰属意識の低下など、各階層で複雑な課題が絡み合っているのが現状です。
しかし、これらの課題を克服し、新規事業を成功させている企業には共通点があります。経営トップ自らが新規事業に積極的に関与し、エース級人材を配置し、挑戦を評価する風土を醸成しています。新規事業の成功は、戦略だけでなく人材育成と組織開発の一体的な取り組みにかかっているのです。
新規事業創出における人材の課題構造
経営層の短期志向がもたらす影響
大企業の経営トップの多くは任期制であり、長期的な視点で新規事業に取り組むインセンティブが働きにくい構造になっています。10年以上の長期政権となるケースは珍しく、株主や機関投資家からの圧力もあり、在任期間中に成果を出す必要性に駆られます。
この状況では、本来10年スパンで考えるべき新規事業に対して、経営層が本気でコミットできない状況が生じやすくなります。経営層のリーダーシップが新規事業開発を推進する風土の醸成に不可欠であるにもかかわらず、それが欠けている企業が多いのが現実です。
管理職の「無理ゲー」状態
現在の管理職は「罰ゲーム」や「無理ゲー」とも形容されるほど、膨大なタスクと重い責任を一手に引き受けています。部門の業績管理、多様化するチームのマネジメント、一人ひとりのメンバー育成、働き方改革への対応など、既存業務だけで精一杯の状況です。
このような環境では、管理職が新しい挑戦に前向きになることは難しく、新規事業へのエネルギーやリソースが割かれにくい構造が生まれています。また、管理職の多くは既存事業で成果を上げた人材であり、新規事業開発の経験が乏しく、不確実性への対応力も限定的です。
若手の帰属意識とキャリア自律の矛盾
若手社員の多くは「新しいことに挑戦したい」という意欲を持っていますが、そのエネルギーが自社の新規事業に向きにくい現状があります。これは、若手が会社に対する帰属意識や貢献意欲を持ちにくい企業文化が影響しています。
人材の流動化が進む中、個人のキャリア自律を優先する傾向が強まり、自社での長期的な挑戦よりも短期的な成果や転職市場での価値向上を求めがちです。この矛盾を解決するには、若手にとって魅力的な新規事業の機会を提供し、それが個人のキャリア形成にも資することを示す必要があります。
創る人材の見極めと育成方法
学習目標志向性という重要な資質
新規事業に適した人材を見極める際は、「業績目標志向性」と「学習目標志向性」という二つの志向性に注目することが有効です。業績目標志向性の高い人材は、業績目標の達成を重視し、過去に誰かがやっていて「勝ち筋」が見える仕事を好む傾向があります。一方、学習目標志向性の高い人材は、自分の能力は環境や機会次第で成長し続けると考え、能力を伸ばすことそのものに強い関心を持っています。
新規事業のように成功の保証がなく、不確実性が高い状況では、学習目標志向性の高い人材が適応力を発揮できます。未知の課題に挑戦し、それを学びの機会として捉えることができるため、大きな成果を期待できるのです。
失敗への反応で見極める真の適性
二つの志向性が決定的に分かれるのは、壁にぶつかったときの反応です。業績目標志向性の人は失敗の原因を自身の能力に見いだしがちで、「自分はこの仕事に向いていない」と考えます。しかし、学習目標志向性の人は、失敗を新たな学びとして活用し、「この方法でうまくいかないなら、次は別のやり方を試してみよう」と柔軟に考え方や仕事の仕方を切り替えることができます。
新規事業は、オペレーションが確立している既存事業とは違い、うまくいかないことの連続といっても過言ではありません。そんな状況では、経験やスキル以上に、仕事の仕方や考え方を柔軟に変えながら「アンラーニング」するマインドが不可欠です。
経営者による内省支援の重要性
創る人材を育成するためには、経営者からの内省支援が極めて重要です。経営トップがメンターとして新規事業担当者に寄り添い、内省を促す役割を果たすことで、担当者は単なる事業推進者ではなく、次世代の経営リーダーとして成長することができます。
担当者が事業の推進を通じて「経営人材としての視座」を養えるようサポートし、自らの挑戦を深く振り返る機会を提供することが求められます。また、社外新規事業担当者からの業務支援も有効で、外部の専門家から知見を得ることで、社内にはない知識や視点を取り入れられます。
支える組織の仕組みづくり
エース級人材配置の強力なメッセージ効果
社内の人事異動情報は、社員たちが最も注目する話題の一つです。エース級の人材がどの部門に配置されているかは、組織として何を最も重視しているのかを如実に表します。社内で一目置かれる人材が新規事業にアサインされた場合、その配置自体が強力なメッセージとなり、「新規事業が本当に会社の未来を担う重要なテーマなのだ」と周囲に認識されやすくなります。
さらに重要なのは、配置された人材の処遇です。新規事業に挑戦して結果的にうまくいかなかった場合、その人材がどのようなポジションに戻るかは、組織全体に強い影響を与えます。失敗した人材が以前よりも高いポジションに就くことで、「新規事業への挑戦はキャリアのリスクではなく、むしろ成長のチャンスである」というメッセージが浸透します。
越境学習を支援する環境整備
新規事業を立ち上げる人には、社内外の知識やリソースを柔軟に引き出す力が求められます。社外のネットワークを活用することで、社内では得られないアイデアや視点を外部から取り込むことができます。
しかし、社外とのネットワークづくりは、一部の経営者や上司からすると、「数字を上げないのに社外をふらふらしている」という逸脱行動に映るかもしれません。そうした外部との関わりが、長期的には事業の推進に不可欠であることを理解し、「専業禁止」の感覚で越境学習を奨励する必要があります。
知的な失敗を奨励する評価システム
新規事業の成果を評価する際、業績だけにとらわれるべきではありません。成果は担当者だけでなく、組織全体の支援や環境の影響を受けます。それよりも、経験を通じて何を学び、どのように次へ生かせるのかという学習成果を重視するべきです。
失敗には「避けられた失敗」と「知的な失敗」があります。前者は、十分な支援体制や事前のリスク評価で防ぐべきものです。後者の「知的な失敗」は、新しいアイデアや方法を試す過程で起こるものであり、会社全体の学習資産となり得るものです。このような失敗を積極的に奨励することが、新規事業を育てる上でのポイントです。
イノベーティブな組織風土の醸成
既存と新規の対立を超える
多くの企業に共通する根深い課題として、既存事業と新規事業の対立があります。この問題を解決するには、捉え方を変えることが有効です。「既存」と「新規」という分断を生む言葉を使わず、新規事業を「育成事業」、既存事業を「基盤事業」と位置付けることで、両者の関係性を再定義できます。
基盤事業があるからこそ育成事業が生まれ、育成事業が成功すれば基盤事業もさらに強化される。このように、両者が相互に支え合う関係性を共有することが、イノベーティブな組織風土を育む第一歩です。
情報のオープン化による不安の解消
新規事業に光が当たるとき、社内で最大の抵抗勢力になるのは、「何かよく分からない」という漠然とした不快感です。この不明瞭さが、既存事業側に無意識の反発を生み出します。
だからこそ、新規事業に関する情報をオープンにし、広く共有しなければなりません。育成事業と基盤事業、それぞれがどのような課題と目的を持ち、どう連携できるのかを一つの物語として共有することで、両者の溝を埋めることができます。
人事と経営企画の連携強化
多くの企業では、事業開発は経営企画、人材開発は人事と役割が分断されているのが現状です。しかし、よい事業開発は人材開発に支えられ、よい人材開発には事業開発が伴うものです。両者は一体不可分だと理解し、経営企画と人事が連携を深めることで、より強い組織を作ることができます。
人事は空前のイノベーション職だと言えます。外部環境が急激に変化し、人的資本経営が求められる中で、人事は今、最も先進的な課題を抱えている立場です。だからこそ、これからの人事は黒子にとどまる必要はありません。むしろ、人事こそが率先して挑戦し、イノベーティブな行動を起こすべきです。
まとめ
新規事業創出における人材育成の本質は、単なるスキル開発を超えた包括的なアプローチにあります。田中准教授の研究が示すように、「創る人」「支える人」「育てる組織」の三位一体改革こそが、真のイノベーションを生み出す鍵となるのです。
マイソリューションズ株式会社の中西文太は次のように述べています。「現代の企業において、新規事業創出は単なる戦略的課題ではなく、組織の学習能力そのものを問う試金石です。学習目標志向性を持つ人材の発掘と育成、そして彼らが活躍できる組織風土の醸成は、まさに人材育成の核心的な課題と言えるでしょう。」
「特に重要なのは、失敗を学習機会として捉える組織文化の構築です。知的な失敗を奨励し、そこから得られた学びを組織全体で共有する仕組みづくりが、継続的なイノベーションの基盤となります。これは従来の成功体験に基づく人材育成とは根本的に異なるアプローチを要求します。」
「当社の人材育成研修サービスでは、このような学習目標志向性の醸成や越境学習の支援、組織風土の変革に焦点を当てたプログラムを提供しています。新規事業を生み出す人材と組織の育成こそが、これからの時代を生き抜く企業の競争優位性の源泉となるのです。」

関連リンク
田中聡さん: 新規事業を生み出す人と組織の育て方 人事に求められるイノベーティブな挑戦とは
編集者: マイソリューションズ編集部 https://hr.my-sol.net/contact/